記念日にショートショートを 『父の日に来た娘』

木下昌輝さんが始めたtwitter上の企画「記念日にショートショートを」。

祝祭日や記念日をテーマにしたショートショートを、

賛同した作家がtwitter上で発表しています。

わたしも参加することになりました。

そこで発表した拙作をこちらにも転載します。

 

『父の日に来た娘』

「父の日だから、来たのよ」
「そんな嘘を信じるとでも思うか!」
 私は思わず怒鳴っていた。しかし、目の前にいる陽子は、涙が浮かんだ目をそらさない。
「本当なのよ」
「じゃ、なんで今になって来た。父の日なんて今まで何度あったんだ」
 陽子はうつむいた。陽子であることは間違いないが、さすがに二十五年の歳月は確実に彼女に変化を与えていた。むしろその隣に座る若い女、その切れ長の目、厚ぼったい唇、そして広い額が往年の陽子を彷彿とさせている。
「これが娘の敦子です。あなたの娘の……」
 わたしは首を振った。しかし目は敦子に向かってしまう。そのお腹が膨らんでいるのは明らかだ。
「いいかげんなことを言うな」
 その時、もうひとり敦子と反対側に座っていたスーツ姿の男が立ちあがった。三十代半ばと見える男は襟の記章を指すと、名刺を出しながら口を開いた。
「申し遅れました、弁護士の森田です。この度、この敦子さんが、山村さん、つまりあなたの実のお子さんであるとお伝えに参りました」
 私は強く首を振った。
「そんなこと、いきなり言われて、はい、そうかと言えるはずが無い」
「ええ、でも、この陽子さんとおつきあいされていたのは間違いないでしょう」
「それはそうだが、もう二十五年も前だ」
「ええ、ですので、敦子さんも二十五才になります」
 森田は平然と言うと、懐から一枚のペーパーを取り出した。
「DNA鑑定書です。ここをご覧下さい」
 森田は言うと、二つ折りにした紙の真ん中辺りを左手で持ちながら、私の眼前にかざした。そして右手で、紙をなぞりながら、読み上げていく。
「……敦子の血液中より採取されたDNAより、提供された毛髪の持ち主との父子関係は九十九.九パーセント……」
「毛髪って、私の毛髪をどうして……」
 いきなり、陽子がバッグからビニール袋に入った物を取り出し、私に見せた。
「あなたのブラシよ。一緒に暮らしていた時に使っていた」
 私は何も言えなくなった。黒いブラシには、確かに見覚えがあるような気がしてきた。
「あなたの物は全部置いてあります」
 陽子の言葉が私を突き刺す。
「どうやら、信じられないようですね」
 森田は厳しい口調で言うと、鑑定書をさっと取り上げて懐にしまった。
「それなら、そちらで再鑑定すればいい。ただ、今、敦子さんはこう見えて難病で、出産は親子とも非常に危険な状況です……」
 そう、私は二十五年前、陽子と暮らしていた。しかしサラリーマンを辞めて起業するときに、同時に彼女から逃げるようにして別れた。これからという時に足枷になると考えたのだ。
「その手術の為にそれだけのお金が必要です。ただ、あと百五十万までになりました……」
 そしてこの敦子が育った二十五年の間に、私の会社は思わぬ成功をおさめた。妻もいる。しかし子宝には恵まれなかった。
「孫なのよ。お父さん! 時間がないの!」 
 敦子の声が私に届いた。私は自分の目から涙が流れ出すのを感じていた。
      ※ ※ ※
「でも、あたし、まだ二十二なんやけど。二十五って失礼するわ」
 敦子はむくれたように陽子に言う。
「そら、あの山村と別れてから出来たんがあんたやからな」
 陽子は森田を見た。
「すぐに振り込んでくれたみたいや。本物の父親は死んでるとも知らんで」
 森田は人差し指を口の前に立てた。
「ほな、すぐに下ろしに行こ……でも、ブラシよう二十五年も置いてたな」
「あほ言うたらあかん。あんなんやったかなと思うて買うたんや。そやけど、向こうもやっぱりうろ覚えやったな」
「で、お義母さん、他に誰かつきおうてた人おらんの。こいつの腹に子がおるうちに稼がんと」
「ああ、そやねぇ……何人かおるけど、山村みたいな金持ちやないし」
「いや、それはかまへん。それなりの金を出させるから。本人がすぐにさっと出してもええと考える金を」
 横から敦子が口を挟んだ。
「でも、あんな鑑定書、よう偽造できたね」
「偽造やない。本物や。俺とその腹の子の鑑定書。今は母親の血液から、胎児と父親も鑑定できるんやで」
「あんた、えらい頑張るね」
 森田は敦子のお腹をさすると、ニコッとした。
「そら、そうや。父の日やから」

 

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