記念日にショートショートを 『七夕への誘い』

『七夕への誘い』

               誉田リュウイチ

「スーパーボール?」

「そう、NFLアメリカン・カンファレンスとナショナル・カンファレンスのチャンピオンが戦う試合だよ」

日本シリーズみたいなものですか」

「いや、そんなもんじゃない。向こうの方がずっと人気がある」

   ※  ※  ※

 実家からの着信を告げる表示が見えた。

「ああ、紀彦か。お母ちゃんよ」

 もう実家には三年、帰っていない。つまりあれから三年ということだ。それでも時には金を無心したりする為にも連絡だけは取っていた。

「手紙が来たんだよ。お前宛に」

「誰から? 今の俺に誰が用があるんだ」

 思わず声を荒らげていた。

「千夏っちゃん」

 一瞬、頭が混乱した。千夏、松本千夏は中学の同級生だ。同窓会など一度も行かなかったから、二十年会っていない計算になる。

「何の用だよ」

「手紙開けてないから」

「じゃ、すぐ読んでくれ」

 ガサゴソという音がしたかと思うと、母の棒読みが聞こえてきた。

「お久しぶりです。中学の時、同級生だった女子の松本千夏です。あっ、もう、女子っていう年じゃありませんが。そう言えば、一度、望月千夏に変わって、また去年の春、元の松本に戻りました。ごめん、余計なこと書いて。連絡したのは……」

 千夏との思い出が蘇ってきた。ほんのすぐ先に住んでいた同級生だから、小学生の頃はいつも真っ暗になるまで遊んでいた。そして中学に上がっても、異性というよりは親友みたいな感じで、ずっと一緒に居た憶えがある。卒業後は親の転勤で、どこかへ行ってしまったはずだ。

「……卒業式の時の約束覚えてますか。ほら、英語の副読本に出てきた話、何て言ったっけ……あの話みたいに、将来七夕に会おうって」

 織姫と彦星が一年に一度会うくらいは知っている。ただ、英語で習う話じゃない。おそらく国語の間違いだ。そんなことを思っていると、いきなり、頭に、千夏の顔が浮かんできた。くりっとした大きな瞳とぽちゃっとした頬が特徴的だった。もう、三十五になってるはずだから、そのままじゃあるまい。

「会いたいなって思っても、メールも電話も分からないので、実家の方へ手紙を出しました。ああ、でも、嫌だったら、スルーして下さい。もし、良かったら、七月七日、中学の裏の……」

 そこまで聞いた時、涙がこぼれ落ちた。二十年前のつまらないと思っていた時間が、実は何よりの物だったということを、今の自分の境遇と比べて、思い知った瞬間だ。

 会いたい。会って、あの頃に一瞬でも戻りたい。

 七夕の日は朝から蒸し暑く、夜になっても汗がじわっと滲んでくるようだった。すべて新装されていた中学の校舎を横目に、裏手の小さな神社へと向かった。ここだけは二十年の月日をまるで感じさせない。人気が無く、昼間でも薄暗い境内に足を踏み入れる。

 居た! こちらに背中を向けて、ベンチに座る女がいる。

「千夏」

 声を掛けると、女は素早く立ちあがって振り向くと微笑んだ。切れ長の目がこちらを向いている。千夏はゆっくりと近づいて来た。

「随分、変わったな……」

 その時、右手に何かがはめられた。

「山中紀彦。詐欺の容疑で逮捕します」

 はっと思った時には、もう後ろに屈強な男が三人立っている。

「三年間、しんどかったな」

 背後の刑事の声が聞こえた。しかし、逮捕されたという事実よりも、別のことが頭の中を占めていた。そうだ、英語でいいんだ。オー・ヘンリーの『二十年後』。千夏は英語が得意だった。

   ※  ※  ※

「しかし、汚い手ですね」

「指名手配犯逮捕強化月間だからな」

「でも、出所したら、御礼参りに行ったりしませんかね」

「それはないな……千夏さんはアメリカ留学、そのまま向こうで結婚した」

「でも、執念深く追って……」

「それも去年で終わり。交通事故で亡くなった。実家も、もう無い」

「へぇ、すごい偶然ですね」

「馬鹿、偶然じゃない。事故の報せを聞いて、使えると思った。千夏さんには申し訳ないけど。まあ、犯人逮捕に協力するのは市民の義務だ」

「じゃ、手紙は全部創作ですか」

「まあな。『二十年後』は誰でも習ってるだろ。後はスーパボールチケットでおびきだしたFBIの真似だ」

FBIがスーパーボールなら、警視庁は七夕。さすが、お見事」

 

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